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2010年 02月 28日
![]() 大阪市営地下鉄の新20系シリーズの一つ24系。 新20系は、大阪市営地下鉄の冷房化率100%を目標に、1990年代に製造され、第3軌条各路線(御堂筋線、谷町線、四つ橋線、中央線、千日前線)に大量投入されました。 制御方式はVVVF、車体はステンレス(ちなみに、それに先行して製造された20系は、1984~1989年に中央線・谷町線に投入。VVVF制御、アルミ車体。側面スタイルと車内は同時期に順次投入が続いた御堂筋線用10系と同じ仕様)。 新20系は、各路線ごとに21系~25系と分類され、車両番号表記が5桁となっています。 万の位は、全て「20系」を意味する「2」、千の位は路線番号、百の位は車両の形式、それ以下は車両番号を表しています。 21~25系の1~5が、ちょうど「車両番号表記の千の位」に対応しています。 本記事で紹介する24系は、4号線=中央線用の新20系シリーズの一系列のことです。 1991~1995年にかけて6両編成×11編成順次投入され、非冷房車の30系を置き換えました。 中央線の30系は、1984年より御堂筋線から転入してきましたが、冷房化改造されることなく廃車となり、わずか10年前後のみの活躍となりました。 また、このほか、2005年までOTSという会社が大阪港-コスモスクエア間を運営しており、新20系と全く同じ車両を同社にて2本投入しましたが、大阪市営地下鉄に編入後は24系の51、52編成に変更されました。 その24系ですが、2006年の近鉄けいはんな線生駒~学研奈良登美ヶ丘間開業に向け、中央線車両の対応工事が行われることになり、24系のうち第5~11編成と50番台2編成は谷町線の20系アルミ車とトレードとなりました。 谷町線に転じた24系は22系に編入され、車両番号は50番台が与えられました。 逆に、20系アルミ車は全て中央線に集結され、谷町線では過去のものとなってしまいました。 したがって、現在中央線の24系はわずか4本のみとなり、影が薄くなりました。 ◎関連記事 大阪市地下鉄30系 http://naohiko.exblog.jp/11335704/ ◎参考サイト 大阪市交通局20系電車(Wikipedia) ▲
by N-3899
| 2010-02-28 10:46
| 地下鉄・路面電車
2010年 02月 26日
![]() 能勢電鉄絹延橋(きぬのべばし)駅のカーブの写真です。 絹延橋駅は川西能勢口駅から一つ目。 駅南側の道路を真っ直ぐ東に行けば、猪名川にかかる絹延橋を渡って府県境をまたいで、大阪府池田市です。 ついでに絹延橋の写真を。 ![]() ![]() 「絹延橋」という地名の由来は、 応神天皇三年のとき、呉の国から工女たちがこの地に上陸し、機織・多色染めが営まれた。猪名川の清流で織布を洗い、河原で干したことから絹延の河原と呼ばれ、そのまま地名となった。 ということです(Wikipediaより)。 ▲
by N-3899
| 2010-02-26 18:12
| 阪急・能勢・神戸電鉄
2010年 02月 25日
![]() ![]() 京都競馬開催時にJR山崎、阪急水無瀬へ運行されるシャトルバスです。 京阪バス山科・男山・枚方・高槻・香里団地・交野営業所の車両が応援に駆けつけます。 写真は2007年4月のものですが、当時は旧・京阪宇治交通の男山営業所の代わりに門真営業所も応援に入っていました。 男山営業所が応援に入るようになるのは、2007年11月以降です。 なお、1980年代終わり~1990年代初頭には、乗務員の詰め所としてボンネットバス(いすゞBXD30 1965年式。社番C5002。京22か4262)が競馬場前に常駐していました。 1986年ごろに復活、定期観光用の扱いとされ、京ナンバーながら枚方営業所で休んでいました。 ▲
by N-3899
| 2010-02-25 23:57
| 京阪グループバス総合
2010年 02月 25日
![]() ![]() 京都競馬開催時の京阪淀ロータリーの光景です。 京阪宇治バスのエアロスターM(P-MP618M)、[21]宇治車庫行きです(2007年4月撮影。社番9025、1989年式。さすがにおそらく引退しているでしょう)。 「京阪淀」バス停は、淀駅の西側にあります。 普段は、 [13] JR山崎行き [24][24A] 竹田駅西口行き [26] 京都駅八条口行き が発着し、全て京阪シティバスの担当ですが、いずれの系統も本数は非常に少ないです。 一方、淀駅の東側には、京阪淀駅バス停があります。 京阪淀駅バス停には、久御山団地・近鉄大久保・京阪宇治方面行きの系統(淀宇治線)が発着し、こちらは日中20分間隔の運行となっています(京阪シティバスと京阪宇治バスとの共同運行)。 なお、京都競馬開催時には、京阪淀駅東側は競馬観客で大混雑するので、淀宇治線系統は、西側の「京阪淀」バス停で乗降の扱いが行われます。 そのときには、普段見ることのできない京阪宇治バスも京阪淀バス停に姿を現します。 さらに、JR山崎、阪急水無瀬から京都競馬場への京阪バスのシャトルバスも、この京阪淀バス停を通過していきます。 ▲
by N-3899
| 2010-02-25 22:56
| 京阪バス(淀・長岡京・洛南)
2010年 02月 24日
青春18きっぷ 2007年春季用(1)
http://naohiko.exblog.jp/12920651/ 青春18きっぷ 2007年春季用(2) http://naohiko.exblog.jp/12920975/ 2007年「青春18きっぷ」春季用4回目は、敦賀・福井へ行きました。 2006年秋に北陸本線敦賀までの直流化工事が完成し、京阪神の新快速が敦賀まで直通するようになりました。 敦賀直通の新快速は、大半は湖西線経由ですが、一部米原・長浜経由もあります。 ただし、敦賀直通の新快速は、途中近江今津駅で切り離し作業が行われ、これより先敦賀までは短い4両編成となります。 そのために、「青春18きっぷ」シーズンは、大垣-米原間や姫路-岡山間に負けないほどの大混雑を呈します。 また、新快速電車は敦賀駅では、南側4番線の切り欠きホームに到着し、福井・金沢方面行きの列車が発着する5番線まで150mほど離れているため、「青春18きっぷ」シーズンで混み合うときには狭い4番ホームは人いっぱいとなって、福井・金沢方面行き列車への乗り換えがスムーズにいかないこともあります(「大垣バトル」ならぬ「敦賀ダッシュ」)。 そのため、これから北陸方面へ旅行するときは、敦賀付近は特急列車でワープしたいぐらいです(JR西日本としても、特急列車の乗客を減らしたくないだろうから、新快速電車については上記のような施策をとっているのでしょう)。 敦賀から先は、「敦賀ダッシュ」にもまれながら521系2両編成の福井行き普通列車に何とか乗り継ぎ、福井に到着。 福井駅高架下のめしやで遅い昼飯、海鮮丼定食を美味しくいただきました。 その後、福井駅前をブラブラし、路面電車の福井鉄道で武生新駅まで乗車しました。 ![]() ![]() 武生新駅から少し歩いてJR武生駅へ行けます。 敦賀行き普通列車は、うれしいことに475系旧国鉄急行色が来ました! ただし、列車は混んでおり、終点・敦賀まで立ちっぱなしでしたが、それでも475系交直流急行型電車を十分堪能することができました。 ![]() ▲
by N-3899
| 2010-02-24 15:01
| 旅行レポート
2010年 02月 22日
青春18きっぷ 2007年春季用(1)
http://naohiko.exblog.jp/12920651/ のつづき。 最初の3回分の乗車は、全て「大阪近郊区間」のみの路線で完結でした。 その当時、筆者が一番理想としていた旅行計画は、「スルットKANSAI 3Dayチケット」と組み合わせて三重県尾鷲まで行くことでした。 具体的な経路としては、 枚方市→(京阪本線)→天満橋→(地下鉄谷町線)→谷町九丁目/大阪上本町→(近鉄大阪線・山田線)→松阪→(JR紀勢本線)→尾鷲→(JR紀勢本線)→亀山→(JR関西本線)→柘植→(JR草津線)→草津→(JR琵琶湖線)→石山→(京阪石山坂本線)→浜大津→(京阪京津線・地下鉄東西線)→三条京阪/三条→(京阪本線)→枚方市 を考えていました。 つまり、JR以外の私鉄・地下鉄・バスは「スルットKANSAI 3Dayチケット」(近鉄の青山町-松阪間を除く)を有効に使いつつ、「青春18きっぷ」には松阪駅の日付スタンプを入れていただき、大阪・奈良・三重・滋賀・京都の2府3県を広範囲に行動する、という構想でした(京橋からJR環状線で鶴橋へ出て近鉄に乗り換えということももちろん可能だが、たまには京阪神エリアとは違う地名のスタンプも欲しいし、大阪上本町は始発だから座席確保がしやすい)。 さて、京阪沿線の枚方・交野から尾鷲・東紀州方面へ「青春18きっぷ」を使っていくとすれば、 →(学研都市線)→木津→(関西本線)→亀山 または 高槻 or 京都→(JR京都線~琵琶湖線)→草津→(草津線)→柘植→(関西本線)→亀山 という経路をたどり、亀山から紀勢本線というのが一番考えられるでしょう。 しかし、紀勢本線の多気-新宮間は普通列車の本数が非常に少なく、朝9時台の多気発新宮行き普通列車(329C)をやり過ごすと、次の新宮行きは13時台までありません。 河内磐船・津田・長尾など学研都市線から木津経由で行く場合、学研都市線の一番電車は遅めだし、関西本線加茂-亀山間の普通列車との接続が良くないので、残念ながら多気発の329C普通列車には間に合いません(ちょっと無理して自転車で枚方大橋を渡って、高槻からの一番電車5:00発京都行きに乗れば、草津線経由で329Cに間に合いますが)。 天王寺から阪和線・きのくに線経由で大回りするということも考えられますが、尾鷲などで途中下車するとなれば、「青春18きっぷ」だけでの日帰りは厳しいでしょう(そして、紀伊田辺-新宮間の普通列車がロングシートの105系というのもつらい)。 そこで、「スルットKANSAI 3Dayチケット」との併用で、近鉄を使って松阪へ抜けることを考えついたわけです。 もし実現できたら、大阪・京都の地下鉄、近鉄大阪線の快速急行、三重県東紀州のJRローカル線、京阪大津線の路面電車とか、いろんな鉄道を楽しめたでしょう。 帰り道については、もちろん松阪から近鉄で大阪・京都方面に戻るというのでも構いませんが、青山町まで別運賃が必要なことや、「青春18きっぷ」を有効に使い切りたいこと、そしてもちろん経路に変化を持たせたいために、草津線経由で滋賀県に立ち寄ることを思い描いていました。 ▲
by N-3899
| 2010-02-22 19:57
| 旅行レポート
2010年 02月 22日
今から3年前のことですが、2007年春の「青春18きっぷ」はJR発足20周年を記念して、1セット
と、非常にお買い得でした。 例年よりも「青春18きっぷ」を沢山使われた方も多いのではないでしょうか。 筆者も「これはお買い得や!」と飛び上がって、1セット(5回分)を買いました。 ただ、このときは家族・親戚の用事等にあれこれ振り回されて、あまり充実した使い方ができず、1回分だけ使い残してしまって、今ひとつ物足りなかったような気がしました。 さて、その「青春18きっぷ」を使っての筆者自身の行動ですが、まず1回目(1日目)は、加古川線と三木鉄道(2008年に廃止)へ。 ![]() ![]() 三木鉄道の終点、三木駅の木造駅舎が一番印象に残りました。 加古川線は、1988年春の非電化時代に乗車して以来でした。 2回目は、京橋駅前でのmixiのオフ会参加の足として無理やり使ったもので、大阪府下の路線のみの乗車となりました。 京阪バスの「1Dayチケット」と併用で、乗車経路は、高槻→大阪→(環状線内回り)→天王寺→(環状線内回り)→京橋、正直面白くありませんでした(少しでもモトを取ろうと、大阪駅、天王寺駅で途中下車。帰りは学研都市線&津田駅から京阪バスを予定していたが、遅くなりそうなので京阪電車を使った)。 3回目は、阪和線で和歌山へ。 帰りは和歌山線経由にしたいところでしたが、翌日に用事があるため(王寺まで乗り通して2~3時間かかる)、乗ってきた道を折り返し、山中渓駅で途中下車してみました。 ![]() ![]() ちょうど、桜満開の頃で、なかなか満足な写真が撮れました。 なお、山中渓駅は大阪府下にもかかわらず無人駅ということにはちょっとビックリ。 ▲
by N-3899
| 2010-02-22 19:11
| 旅行レポート
2010年 02月 21日
![]() 山陰本線(嵯峨野線)の113系(2月3日の記事) http://naohiko.exblog.jp/12775343/ でも書きましたが、来月のダイヤ改正で、山陰本線(嵯峨野線)から113系が引退します。 今日は、1996年3月の園部-綾部間電化開業直前に園部駅で撮影した113系7500番台(だったと思う)の写真をスキャンしたものを1枚。 国鉄書式の白地方向幕が懐かしいですね。 ▲
by N-3899
| 2010-02-21 21:32
| JR西日本
2010年 02月 21日
▲
by N-3899
| 2010-02-21 18:02
| バス総合
2010年 02月 21日
![]() ![]() 3年前の2月いっぱいで閉店となった近鉄百貨店京都店(プラッツ近鉄)。 昭和初期のレトロな建物を使っていました。 その建物はすでに取り壊され、跡地にはヨドバシカメラが出店することになっていますが、2010年1月現在、更地のままです。 京都の近鉄百貨店は、1920年京都駅北側に、中村仁一郎氏により「京都物産館」として創業しました。 以降、1931年に「丸物」に商号を変更。 戦後になって、創業者の中村氏の死後、経営が悪化し、1977年に近鉄百貨店が救済合併することになり、「京都近鉄百貨店」と商号が変わりました。 その後、1997年に京都駅ビル、JR伊勢丹が開業、京都の百貨店にとって脅威となり、特に京都駅前の近鉄百貨店は不利な状況に置かれるようになりました。 そこで、伊勢丹に対抗すべく、若者向けカジュアルに重点をおいて「プラッツ近鉄」に業態を変更、2001年に本家の「近鉄百貨店」に吸収され、「京都近鉄百貨店」は正式名称を「近鉄百貨店京都店」に変更。 それでも、伊勢丹などにはかなわなかったようで、2007年2月に87年の幕を閉じました。 筆者個人として、バブル経済崩壊の1990年代前半の一時期、通学で京都駅を通っていたので、京都近鉄百貨店に結構足を運んでいました。 それほど面白いものはなかったように思いますが、1990年代後半ごろにはJoshinや旭屋書店なども入っていたようで、JoshinはのちにSofmapに変わったように記憶しています。 「プラッツ近鉄」になってからは、2・3回ほどお店に入ったことがあるが、伊勢丹に比べると中途半端だなと感じました。 ついでに言うと、実は、筆者自身、時々伊勢丹でボクサーブリーフを買うことがあります(笑) (ブランドはSaZにこだわっているが、最近なかなか気に入ったものがなくなっているのが気になるなぁ) なお、京都市内の百貨店といえば、小さい時から四条河原町の高島屋へ行くことが一番多く、その次は時々四条高倉の大丸に行ってたと思います。 お世話になった先生方へのお歳暮・お中元は大丸で買うことが多いです。 ちなみに、高島屋の向かい側には阪急百貨店がありますが、残念ながら今年の秋に閉店することになりました。 ◎参考サイト 近鉄百貨店(Wikipedia) ▲
by N-3899
| 2010-02-21 01:55
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