片町線(長尾-木津間)電化後の気動車の動き
1989年3月の片町線(長尾-木津間)電化後、亀山運転区の気動車には当然のことながら大きな動きがありました。

亀山運転区の気動車の運用範囲は基本的に関西本線の亀山-加茂-奈良間のみとなり、運用範囲はさらに狭くなりました(1989年ダイヤ改正では早朝の加茂発多気行きも残っていたので、紀勢本線亀山-多気間にも乗り入れていた)。

まず、キハ47は66、1039号は姫路、80、81、1053、1054は福知山へそれぞれ転属となり、亀山運転区にはキハ47は不在となりました。

キハ58・28もかなりの両数が山陰本線京都口(嵯峨野線)の増発のために福知山運転所への転属となりました。
亀山に在籍していたキハ58・28は、奈良線電化の1984年9月までは奈良運転所に配属されていたものも多く、1982年5月までは急行〔かすが〕〔紀州〕、同年5月以降は〔かすが〕〔平安〕などで運用され、紀勢本線(亀山-紀伊勝浦間)や草津線、さらに間合いで武豊線にも乗り入れるなど、広範囲な運用をこなしていたようです。
亀山から福知山に移籍したキハ58・28は、元奈良区配属のものが多かったですが、翌年1990年の京都-園部間電化で余剰となって残念ながらそのまま廃車となったものもありました。
しかし、中には北近畿タンゴ鉄道に譲渡されるものもありました(キハ28 2314)。

キハ58系の中には七尾に転属となったものもありました。
その1両はキハ58 596で、2008年まで北陸で生きながらました。
特に末期には山陰本線ほかJR西日本エリア各地に出張して〔あまるべロマン〕にも使われるなど、ファンたちの人気が高まり、有終の美を飾ったことでしょう(ちなみに「キハ58 596」は、京阪バス関連の掲示板にて筆者のハンドルネームとして使わせていただいたことがあります)。

キハ40 2000番台の4両、キハ35の5両、キハ53の3両は亀山に残りましたが、1989年半ばごろ、加古川線色のキハ35が亀山に転属となり、加古川線色のまま関西本線で運用されていたようです。


翌年の1990年3月ダイヤ改正では多気直通が廃止となり、同年6月には亀山鉄道部発足および亀山-加茂間のワンマン化実施となりました。
ワンマン運転は基本的にキハ58+28の2両編成で運用されることになり、キハ40、53、35は亀山から姿を消しました。
キハ35は大半が改造されて(キハ35 181、189、194、207)、同年10月より和田岬線(兵庫-和田岬)で2001年の電化まで活躍を続けました。
キハ53(3~5号)は富山に転属したあと、1年後に小浜線に移り、2003年の同線電化まで小浜線で活躍を続けました。

一方、向日町から新たにキハ47 1000番台(トイレなし)が4両亀山に転属となり、6月のワンマン運転実施後は朝夕のラッシュ時にキハ58+28の2両編成に増結して使われました。
亀山のキハ47はワンマン改造は施工されず、非ワンマン列車のみの運用に入りました。

◎関連記事
片町線(長尾-木津間)電化前(3)
片町線(長尾-木津間)電化前(2)
片町線(長尾-木津間)電化前(1)
亀山のキハ47
キハ53

◎参考HP
きはゆに資料室
by N-3899 | 2009-12-29 19:41 | 片町線 | Trackback | Comments(0)
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